初診の方へ

初めて鍼灸を受けられる方のために

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鍼・灸は予防医学のひとつです。どんな健康な人でも、骨格や筋肉、内臓にちょっとした“ひずみ”を持っています。

病気ばかりでなく体質の改善、病気の予防、健康管理に鍼・灸を多いに御利用ください。



●鍼・灸の効果は科学的にも解明されつつあります。

万病に効くといわれているツボ、足の三里に鍼を刺すことによって胃下垂状態だった胃が、正常に働くことが解明されています。その他、痛みの軽減、血流の改善や皮膚温の上昇など、自律神経系、内分泌系、免疫系に作用することが確認されてきております。

●瞑眩について

治療後一時的にいろいろな症状が出てくることがあります。これを漢方で瞑眩(めんげん)といってむしろ効果の現れる証拠とされていますからご心配はありません。時がたてば必ず良い結果を期待できます。

●治療効果と治療回数について鍼灸治療の効果は発病して日の浅い

病気ほど早く治ります。一回の治療で激しい症状が、ピタリと軽減することがしばしばありますが慢性症状になりますと気長に続けなければ治りません。その他必要に応じてお話しますが最も大切なことはあなた自身が真剣に病気を治そうとする心構えです。

はり治療はなぜ痛くない?



GUM01_CL06006.jpg針はもう注射でコリゴリ。痛くない?そんなこと信じられないね。 “ハリ”と言えば、子どもの時から嫌いだった注射のハリ、時には大変危険な蜂のハリ、縫い針を指に刺した時のびっくりするような痛みなど、つらい思い出がいっぱいです。はり治療は痛くないと言われてもにわかに信じられないのは無理からぬことです。鍼治療のハリはこれらのものとは違います。“痛くない”為の工夫がされているのです。 注射のハリは先はカッターのようになっていて、組織を切り裂いて入っていきます。ところが鍼治療のハリは先が丸みをおび、組織を押し広げるようにやさしく入っていくので痛くありませんハリの部分の長さは4cmあります。ハリの上にある金属の棒は、鍼管(しんかん)といいます。ハリより3~4㎜短く、治療ではこの鍼管にハリを入れ、皮膚に押しつけ、鍼管から3~4㎜出たハリをトントンとすばやくたたきます。 一番痛みを感じやすい皮膚の表面を鍼管の使用でハリは瞬間的に通過します。さらに、細目のハリの太さは0.16㎜(髪の毛の太さが0.05~0.15mm)。細い上に弾力性を持ち、余計な刺激を最小限にとどめます。 このように、いくつもの工夫がなされているので、鍼治療のハリは痛くないのです。

資料 鍼灸のすすめ 社団法人日本鍼灸師会

中国医学の始まり


東洋の伝統医学を大きく分類すると、ユナニ医学(イスラム医学)、アーユルヴェーダ(インド)、そして中国に起源を持ち東アジアに広まった中国医学があります。今から2000年ほど前に中国医学の基礎が定まりました。その当時に書かれた医学書が古典と称され、鍼灸では『素問』『霊枢』『難経』湯液(漢方薬を使う医術)では『傷寒論』『金匱要略』などで、今でも熱心に読み継がれています。

古代中国人と現代人の養生法の違い

《自然との調和》

●昔の人は百歳を過ぎても元気だったのに、現在の人は五十歳にもならないうちにヨボヨボなのはどうしてだろうか?

これは今から二千年以上も前に書かれたと言われる東洋医学の原典である『黄帝内経素問(こうていだいけいそもん)』の冒頭にある質問です。ここでいう“現在の人”とは、今から二千年以上も前の人を指します。日本でも今でこそ世界一の長寿国ですが、昭和のはじめまでは平均寿命も五十歳に満たなかったのです。『黄帝内経素問』では、昔の人は、養生の道をよく心得、自然に従い、飲食には節度があり、寝起きは規則正しく、過労には注意した。だから心身ともに健やかで、百歳を越え、寿命を全うした、と説明しています。また、“現在の人(二千年前)”が寿命を全うできない理由として

★酒を飲み過ぎ ★自然の道理を忘れ ★酔っては異性を求め ★欲望のおもむくままに行動し、心身共にすり減らし
★一時的な快楽をむさぼり ★養生に反して生活している、からと説明しました。これが二千年も前に書かれた文章とは! 日ごろ自ら反省していることばかりです。(人間てあまり進歩していないんですね)

《身も心も穏やかに》

そして昔の聖人は、
★体の外からやってくる邪気には適切に対処すること(暑さ、寒さなど)
★欲望にとらわれない平らな心が精神的ストレスをなくし病気から身を守る
★欲望が少なく心身共に安定していれば、
皆がそれぞれの生活に満足し何事にも迷い、恐れることはない、と言われました。 驚くことに東洋医学では二千年以上も前から病気を肉体的側面だけでとらえるのではなく精神的な面の大切をも説いていたのです。

漢方医学(東洋医学)


東洋医学は通常、漢方薬による薬物療法と、はり、 お灸、按摩、導引(現在の気功) などの物理療法との、2つの治療方法から成り立っております。 東洋医学と西洋医学の違いは西洋医学は病気を対象にするのに対し、東洋医学は病人を対象として治療いたします。 また、東洋医学では人間がいかに自然界にとけこんで生活するかを追及する医学に対し、西洋医学は自然を征服しようとする医学なのです。 さらに、西洋医学は病気の原因になるものをなくそうとするのに対して、東洋医学はからだを活性化して、自然治癒力、抵抗力、生命力といった人間の回復力をつけることを重視しています。 東洋医学的な考え方をいたしますと、人間は全宇宙の中の構成要素の一つにすぎず、人間が生きていくことは自然に順応することなのです。

GUM13_CL10023.jpg東洋医学では、「養生(ようじょう)」という考え方があります。 養生とは自然に逆らわないどのようにしたら健康を保つことができるかを、考えながら生活することです。 養生では、食べ物の取り方、呼吸法、心の持ち方、 姿勢などが大事なこととされています。私たちの先祖は、健康を維持し、病気を防ぎ、そして治療の根本は「食べ物」にあることを、経験的に知って実行していました。 また、呼吸法や集中力(心の持ち方)によって、自然のエネルギーを体内に蓄積することが、人間のからだの内部に病気に対する抵抗力や自然治癒力を作りだす原動力になっていると考えてきました。東洋医学には、自然界が人間に与える影響や人間の中で働いている自然の法則を大切に考え、自然とのかかわりの中で人間を捉えているという大きな特徴があります。 自然界と人間が一体となって溶け合っていると考えるのが、東洋医学の根底にある「生態観」です。 人間は自然界の影響を受けて変化するものであると同時に、自然を構成する一つの要素でもあり、自然を変化させているという考え方です。 また、人間の体の中にもこうした自然界と同じ構造があり、局所の状態は全体の影響を受けて変化しますし局所の異常は、体全体の状態を変化させると考えています。

いろいろなものが複雑に影響しあいながら調和を保っていると考えていますので、東洋医学の治療では、どこか1ケ所の異常を治そうとするときに、それが、体全体の状態が環境の影響を受けて異常になっていないかまで考えます。 1つの臓器の持つ働きに異常がみられたときに、関係のある他の臓器の働きがその原因になっていないか、また、その臓器の働きの異常が他の臓器の異常を引き起こしていないかをしらべる事が,東洋医学的な診断では必要になります。 診察の時に、訴えている症状とは、まったく関係ないと思われるような事もで聞かれて、驚いたり、不審に思う患者さんも多いようですが、決して興味本意で尋ねているのではないのです。

GUM06_CL21015.jpgこのように、東洋医学の人間観は、人間をいくつかの臓器の寄せ集めと考えるのではなく、いくつかの臓器が集まっていても、どれ1つとして切り離すことのできない、1個の有機体として考えて、体の仕組みを理解しようというものですちょうど、複雑な現象を理解するために、ある1つの観点からそれを細かく分解し問題を単純な形にして浮かび上がらせることで解決しようとする西洋医学の考え方とは、正反対の位置に東洋医学はあります。 人間の働きはひじょうに複雑です。 そこから生じる病気は、さらに複雑を極めるといってもいいでしょう。 こうした複雑な相手を理解して、しかもこちらの思うように誘導して、病気を解決しようとしますので、そう簡単に事は運びません。 そこで、東洋医学独特の診断法を用いて、問題となる病気を理論的に分析し、その理論に導かれた治療を行います。 こんなところが人に優しい東洋医学の基本的な考え方です。 東洋医学は、長い人間の歴史を通して人が自然のなかから学んだこの世のものを二つの要素に分ける考え方「陰陽論」や、五つの要素に分ける考え方「五行学説」によって人間の働きを理解し、身体の持つさまざまな働きを臓腑に割り当てる「臓象学説」などの理論が、長年の種々の経験や体験を細かい観察を重ねて、育み体型づけられてきた医学です。

陰陽説


森羅万象のすべてを陰と陽の二相に還元する思想。陰と陽とは互いに対極の本質を持つが、事物に固有の属性ではなく相対的に決まる性質があるとします。それは例えば日中のろうそくの火は陰だが、暗闇では陽となる、というようなことです陰陽説によれば、天地創世は次のように説明されます。 「もともと宇宙は天地未分化の混沌状態」だったが、やがて軽く澄んだ気「陽」が 上昇して天となり、続いて重く濁った気「陰」が沈んで地となった。 つまり陰と陽はひとつの混沌状態(太極)から派生したものであり、いわば同根の関係にあり、そして互いに往来・交合する性質があります。

私たちの回りの自然界には「暑い」「明るい」「乾燥」や「寒い」「暗い」「湿り」などの二つの大きな性質に分けられるものがあります。 片方は活発な感じがして、片方は静かな落ちついた感じがします。 活発なほうを「陽」(よう)と呼び、静かなほうを「陰」(いん)と呼びます。

陽は火に代表され、興奮や動きの性質を持ちます。 陰は水に代表され、抑制や静けさの性質をもちます。 この陰と陽の性質を対比して考えることを陰陽学説と言います。陰と陽はお互いに対立するもので、常に相手を抑制し合います。

陽の興奮を陰が鎮めたり、陰の冷えを陽が温めたりし、体温、食欲、睡眠など、多くの機能が「陰」「陽」の力関係で調節されています。 この「陰」と「陽」のバランスを調整していこうとするのが、東洋医学の考え方です。 陰陽を身体において当てはめて考えるときには 真夏の昼下がり、部屋から外に出て下さい。外に出たなら、動物に成ったつもりで四足(人間も本来は四足です)の姿勢を取ってください。その時に、太陽の当っている面を、陽(よう)、太陽の当っていない面を、陰(いん)と呼んでいるのです。

臓象学説


病気と関連して体のしくみを考えるもう一つの代表的な考え方が、臓象学説とよばれるものです。 人間の機能を五つの要素に分けて、それぞれの体の臓器に割り当てて考える方法です。 これは五行学説と密接に関連していて、相生や相克などの関係も使って、いろいろな機能の相互関係を理解しようとするものです。

臓象学説を病気に応用する場合の主な目的は、病気の部位がどの臓器と関係があるかを分析することにあります。 といっても西洋医学でいうような胃が悪い」とか心臓に異常があるといった考え方とは違って、その臓器が担っている役割(機能)全体をさしていますから、胃カメラや心電図で異常が出るというものではありません。 したがって臓象学説では、肝(かん)、心(しん)、脾(ひ)、肺(はい)、腎(じん)という西洋医学と同じ臓器の名前が出てきますが、それらは解剖学的な臓器をさす名前ではなく、体の中の働きを五行学説での五つの属性に分け、それぞれの働きに対して各臓器を代表させて分類したものです。 その働きも、西洋医学と共通する部分もありますが、だいたいはそれよりも広い働きをしていて、場合によってはまったく違う働きをさすこともあります。

要素説


東洋医学には陰陽五行説の他に、三要素の考え方があります。三要素とは、気・血・津液の3つの要素です。 人は気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)の三要素から成り、相互が円滑に作用しあっているのが健康といえます。 気とは一体なんなのでしょうか?。 例えば、人が自然に死んだときに、死ぬ直前と死んだ直後では一体何が変わったのでしょうか。 物質の出入りはなにもないはずです。 しかし人は生から死への大きな変化を示しています。 無くなったものは何もないのでしょうか? このときに失なわれたもの、それが気なのです。 人とは形のない「働き」そのものと考えた方が分かりやすいかも知れません。つまり、すべての原動力のようなものなのです。

気は持って生まれた先天の気に、体の働きによって補充される後天の気が合わさって体全体の気となります。 これを元気・真気などと呼び、陽気ともいいます。 元気がいっぱいの人とか陽気な人などの言い方は、このあたりからきているようです。

血は西洋医学の血液とほぼ同じですが、血液そのものをさすほかに、全身の組織や器官栄養や潤いを与える作用や血流などの循環状態の意味も含んだ広い考え方です。血の異常は、量の不足や流れが滞ること、また「血」に熱がこもって悪さをする状態などがあります。血と気は関係が深く、血の異常は気の働きと密接に関わっています。

体を構成する第3の要素が津液といって、水に似た成分です。 医学的にみても、体を構成する物質の約70%が水分といわれ、水分の代謝やその異常が体に与える影響は大きいです。ただし、津液とは、飲み物や食べ物の中に含まれている水分を、人間の働きによっていったん吸収して、さらに人間の体に必要な形に変えて作られるもので、ただの水とは違っているものと理解してください。

だから、津液が不足しているからといって、ただ水を飲めば不足が解決するというものではありません。 少々例えが違うかもしれませんが、リンパ液みたいなものと思ってください。津液の働きは血と同様に体を潤すことですが、血と違う点は血は血管の外に出てしまうとその働きを発揮することができませんが、津液は血管の外にも自由に出入りして、その役目を果たすことです。 涙、唾液、多くの分泌物などのもとであり、血分の材料の一部にもなります。 血管外に出てゆける性質の為に、皮膚に貯まったり、関節内に貯まったりして、むくみや腫れの原因になったり、体の中の毒や余分なものと結びついてドロドロした動きの悪いものに変わりやすく、病気の原因にもなりやすいです。 この津液の動きを維持するのは、やはり気の働きが正常でなければなりません。

気・血・津液の三つの構成要素は、はっきりと区別できるものではなく、三つが一つになって体の働きを維持しています。 つまり、気・血・津液の考え方は体を細分化することが目的ではなく、一つの現象を三つの要素の相互作用してとらえようとしています。

そのことで病気や異常のいろいろな側面をながめ、原因や治療法を広い視点から考えようとしています。

五行説


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五行説はもともと陰陽説とは別個に発展した五元論のようなものでしたが、陰陽説と結びついた結果、気の5つの様態を表すようになりました。

陰陽五行説では陰と陽が交合した五つの状態を「木・火・土・金・水」と分類します。この中で木気は最も陽で水気は最も土気はちょうど中間の状態とされます。

相生と相剋


五行の五は木・火・土・金・水の五気、行は五気の関係や推移を意味します。相生と相剋は五行のそうした相互関係および推移法則で、相生は一方が他方を生成するポジティブな関係、相剋は一方が他方を抑圧するネガティブな関係です。上図で木生火、火生土、…と循環するパスが相生、水剋火、火剋金、…と循環するパスが相剋を表します。

このような関係は、だいたいは五気それぞれが象徴するものの性質に応じて、わりと素朴な理屈で説明されます。すなわち木は燃えて火を出し、火は灰(土)を出し、…という関係が相生で、水は火を消す、火は金を溶かす、…という関係が相剋というような話です。

また、当然木は火を出すと燃え尽きて滅びてしまうし、水は火を消すと蒸発してなくなってしまうという逆説的な関係も容易に想像できますが、実際それは相生のなかに相剋があり、相剋のなかに相生があるという性質として表されます。

五行配当

五行色体表
五行と自然の関係、人体の関係を
まとめたもののことです。
五行
五蔵
五腑 小腸 大腸 膀胱
五志 悲(憂)
五悪 湿
五色
五味
五根
五支 毛(面色)
五体 筋(膜) 血脈 肌肉 皮毛 骨(髄)
五声
五液
五神 神(性) 意(智) 精(志)
五季 土用
五方 中央 西
五労


陰陽五行説では森羅万象すべての本質を五行に
還元します。時間も空間もみんなその対象になり、
例外はありません。そのうちの主なものをまとめた
一覧表が五行配当表で、これもすべてシンボルを
使った連想ゲームのようにして列挙されていきますが
中には全く理由の分からないものや納得のいかない
ものもあります。水は青じゃないのか、などと思って
しまいますが、それは感性の違いか、そうでなければ
ならない理由があるのでしょう。


五行 土 
五色
五方 中央 西
五時 土用
五臓 肝臓  心臓 脾臓 腎臓
五味 酸い 苦い 甘い 辛い 塩辛い
 

五行の相互作用

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説によればなんでも五行に還元されるので、現実に発生するいろいろな事物相互間の作用も全部五行の相互作用に還元して把握されます。

安倍清明が書いた「占事略決」の五行王相死囚老法によれば、発生する作用は「王(旺)・相・死・囚・老」の5種類に分類され、多分一例ということで各季節における相互作用が次のように解釈されます。



土用  作用  解釈
比和 和気 調子乗り過ぎの暗示
相生 生気 散財の暗示
相剋 死気 死の暗示
火  相剋 殺気 刑罰幽囚の暗示
相生 退気 病気の暗示

十干


五気はさらにそれぞれ兄弟(えと)の陰陽に分かれます。例えば木は、木の兄=きのえ(甲)木の弟=きのと(乙)にわかれ、順次10通りになります。おなじ気の兄弟は基本的におなじ性質を持ちますが、陽気を持つ兄の方がより強く派手になり、陰気を持つ弟の方はより地味になります。また、象意として万物の栄枯盛衰の繰り返しにおける各段階も表しています。

木 きのえ 甲 種子が殻を破って発芽しようとする状態。
きのと 乙 幼芽が伸びはじめる状態。
火 ひのえ 丙 草木が伸長して形態がはっきりした状態。
ひのと 丁 草木の形態が充実した状態。
土 つちのえ 戊 草木が繁茂してきた状態。
つちのと 己 草木が繁茂して盛大になった状態。
金 かのえ 庚 草木が成熟し尽くして改まろうとする状態。
かのと 辛 草木が枯死して新しくなろうとする状態。
水 みずのえ 壬 種子の内部に新しいものが生じる状態。
みずのと 癸 種子の内部の新しいものが計れるほどになった状態。

十二支


十二支は、五惑星中最も尊いとされた木星の12年周期の運行をもとにしています。ただし木星は太陽や月と違って西から東へ移動するのが不便と考えられたのか、同じ周期で東から西へ移動する仮想的な星「太歳」を決め、そのそれぞれの居所を、 子・丑・寅・卯・辰・巳・申・酉・午・未・戌・亥であらわしました。この区切りは、年だけでなく月、日、時刻、方角と多彩に適用されます。

十二支ももともとは十干と同じく万物の発生・繁栄・衰退・伏蔵の輪廻を表します。現在のように動物が割り当てられたのはのちのことで、後漢成立の「論衡」が初出だそうです。

十二支にもまた陰陽があります。子・寅・辰・申・午・戌は陽気、残りは陰気で、要するに順番に従って陰陽が交互に割り当てられます。十二支はさらに、先述の十干と組み合わせて六十干支を構成します120通りにならないのは、陽干と陽支、陰干と陰支というふうに、陰陽の一致するもの同士しか組み合わされないからです。例えば甲子はあっても甲丑はありません。

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